天上の海・掌中の星

    “とある真夏のサプライズ♪”


       




常の夏なら、今日の最高気温は30℃を越すでしょうなんて言われると、
それだけで もうもううんざりしたものが。
この夏は“最高気温は32、3℃”という数値へ、
35℃を越さないなら、まあしのげるかなと思ってしまう恐ろしさ。

 「…あら、ルフィちゃん。」

夏休みだというに、朝も早くからすたすたと歩む少年の姿に、
そちら様こそ、今日も暑くなりそうな陽気の中、
パート先へのご出勤か、
爽やかなブラウス姿で駅までの道を行くおばさまが声を掛ける。

 ラジオ体操だったの?
 確かもう高校生だったわよね、そうなの指導員、偉いわねぇ。

にこにこと話しかけつつも、
視線はすっかりと…その懐ろに抱えられた小さな仔猫へと向いており。

 あらまあ迷子なの?
 こんな可愛らしい子なんだから、
 さぞかしご心配なさっておいででしょうねぇ。

それじゃあねと、手際よく会話を終えて、
それぞれの向かう先へと颯爽とした歩みを進めるものの、

 “…腕白さんだと思ってたけれど、存外やさしい子なのねぇ。”

そりゃあまあ、乱暴者とまでは思っちゃあなかった。
誰へでも愛想がよくて、陽気で。
でも思いやりもある子だから、

 “それで、かしらね。”

小さな小さな、
その身を丸めれば赤ちゃんの拳ほどしかなさそうな、
生まれたばかりに近いだろう幼い仔猫。
小柄な彼でも片手で十分に抱えられように、
両手がかりという丁寧さで、
宝物のように懐ろへと抱え上げていたのが、
何とはなく意外だったけれど。
一際小さいものが相手だからこそ、
慣れぬおっかなさでそんな大仰な構えになっていたのかもねと。
何とも可愛らしいことよと帰着した思いに口許をほころばせ、
すたすた遠ざかるおばさまだったとも知らず、

 「赤ちゃんじゃあないのは助かる。
  首が据わってない子は、さすがに怖くて抱えられんもんな。」

自分の抱えた小さな仔猫へ、そんな風に囁いて。
見えて来た我が家を顎で示すと、
少しほどお耳の大きい、
ぽあぽあした淡色の毛並みが愛らしい仔猫様へ。
あすこがウチだぞと にこやかに付け足したヒマワリ坊や。
そおっと離した片方の手で、小さな頭を撫でてやり、
それは柔らかな 金の髪を指先で掬うように梳いてやる。
ルフィの視野の中の小さな仔猫は、
両手で抱えるべきだろう、年少さんくらいの年頃の、
それは幼い男の子だったから。




       ◇◇


それが普通の仔猫でも、気の毒な迷子だ、手を貸しただろうけれど。
顔見知りの小さな姉妹が抱えていたときから、
その輪郭が微妙に何かとダブって見えていて。
害は無さそうだと、むしろ…やっぱり助けは要りそうなのかなと、
そんな感触がしたもんだから、
こっちから声を掛け、預かることにしたワケで。

 「こんな陽のある内から うろうろなんてのは、
  陰体の、しかも負の存在には出来ねぇこったし。」

それさえカモフラージュ出来るほど、よっぽどの力があるようならば。
そう、規格外レベルの何でもありって級ならば、

 「サンジが気がつかないはずはねぇし。」

サンジって知ってっか?
物怪とか精霊とか邪妖とか、そりゃあ敏感にサーチ出来る凄腕でよと、
小さな小さな存在へ、説いて聞かせるように語りかけつつ、
ただいまと上がった玄関から、まずはのキッチンへ直行する。
昨夜は大川で花火大会があったので、
夜更かしは苦手だったけど、花火とスポーツの衛星中継は別格だと、
何とか頑張って最後のナイヤガラまでを堪能したところ、
今朝はしっかり寝すごしてしまった坊っちゃんで。

 『うあ。ラジオ体操、間に合わねぇ。』
 『ほれ、一個でもいいから腹に入れな。』

指導員が遅刻しちゃあ 様になんねぇと、
顔を洗うのもそこそこ、
寝間着に着ていたTシャツにハーフパンツという恰好のまま、
どたばたと飛び出して行きかけたのへ、
ほいと手渡されたのが、
あぶったハムとちぎりレタスを2枚ほど、
食パンへ手早く挟んだだけの一番簡単なサンドイッチ。

 『帰ってからゆっくり食べられるよう、ちゃんとしたのを こさえとくから。』
 『おお、サンキューvv』

タルタル玉子サンドかポテサラサンドも喰いてぇぞと、
さらりと手間のかかることを言い残し、
鉄砲玉のように飛び出してった時は、
へいへいと無難なお返事してくれた頼もしき“主夫”さんだったけれど。

 「…ゾロぉ?」

家のどこにもその気配がないとすぐに判って、
おやや? 出掛けたんかなと。
お返事もないことへ、ひょこりと小首を傾げたものの、

 「……ま・いっか。」

夕方のたそがれと明け方のかわたれという2つの時間帯は、
共に“逢魔ヶどき”と言われてもいて。
人の顔さえ見分けがつかぬ、そんな薄暗さに乗じて、
妖魔が行き交い、人心へつけ込むのだそうで。
日輪と月夜見が出番を引き継ぐ隙をつき、
人ならぬ者や生身を持たぬものが、うろうろと迷い出るのもこの刻と。
今までにも たんと例があったから知っている。
抱えて来た小さな客人を、
とりあえずとキッチンの椅子の1つへちょこりと座らせれば、

 「………?」
 「お? 何か匂うか?」

小さい存在ほど臆病だったり敏感だったりするもの。
くんすんと、小さなお鼻を宙へと振り向けたおチビさんだったので、
もしかして不在の誰かさんの気配の残滓に気づいたかなと、
ルフィが構いつけのお声を掛ける。
もはや、小さな坊やにしか見えない姿の彼は、
潤みの強い大きな双眸を、ぱちぱちっと瞬かせたものの。
何にも見つからないことへの納得でもしたものか、
柔らかい癖のあるところがふわふかな、
綿毛のような金の髪を乗っけた頭をふりふり振り回し、
周囲を見回しかけていたのも中途でやめて。
その代わりのように、
ルフィが冷蔵庫から取り出した、
ちょっとしたトレイ並みの大きな皿に眸を留める。

 「にゃあにゃっ。」
 「お。やっぱ言葉は猫語か。」

椅子の上へと立ち上がり、
テーブルに手をついてそのささやかな肢体を乗り出すと、
ラップのかかった大皿へ、お手々を伸ばしてちょーいちょいと、
そりゃあ愛らしいちょっかいを掛け始めたのは、もしかして。

 「さては腹が減ってるな♪」

ラップで密封してあるのだから、
匂いはかすかにだって洩れてないはずだけれども、
ハムやらキュウリ、ポテトサラダに、
コロッケやウインナー、サラダ菜などなどと、
カラフルな具材が覗くサンドイッチやホットドッグの数々は、
幼い子供の眸にはたいそう魅力的に映るに違いない。
朝からこのボリュームを用意するとは、
ますます只者じゃあない腕になりつつある主夫殿であり。

 「にゃあみゃ、にゃっにゃ。」
 「美味そうだろー。」

仔猫の坊やがよいよいと小さな手を精一杯伸ばしてくる先の、
微妙にもうちょっと遠くへと皿を置き、のんきにラップを外しておれば、

 「みゃっ!」
 「お…っ。」

とんと弾みをつけての小さなジャンプで、
果敢にもテーブルの上へその身を伏せるようにして、
あとちょっとの距離を詰めると。
小さなお手々が厚めのハムだけを見事掻っ攫ったもんだから。

 「う〜ん、これってどっかで観たことあんぞ。」

そうでしたね、
去年の大ヒットアニメに似たようなシーンがあったような。
そうか、ハムが好きなんだ…ってでしょうか。

 「にゃあみゃvv」
 「ああ、大物すぎるって。」

そのままカプッと食いついてはみたものの、
小さなお口には、横幅も厚さも結構あったハムは難物。
うう〜っと咬みしめても喰い千切れないらしく、
やれやれと見やりつつ、
別のサンドから引っ張り抜いたハムを指先で千切ってやって、

 「ほれ。」

鼻先へ差し出せば、大きいハムから離したお口を、
うんと、いやさ“あ〜ん”と、
そりゃあ大きく開いて見せるところから察するに。

 「さてはお前、誰かに食べさせてもらってるな。」
 「にゃあっ。」

そうなのということか、
それともやっと食べることが叶ったハムが美味しかったか。
小さな両手を無造作にぺちりと口許へかぶせ、
にゃは〜っと嬉しそうに笑うところが、得も言われずに愛らしい。
猫の物怪なのならば、
口はものをたくさん頬張れる構造では無いはずだから。
こんな風にお手々で蓋して食べるところまでが、
ワンセットの食べ方として身についているというのなら、

 「別に、直接口つけたって構わないだろうにな。」

何たって猫なんだから。
口の構造だってそうやって食べるのに向いているのだから。
箸も使わぬ、手づかみもしないで、
いっそ いきなりカプリと行っていいはずだろに。
あ〜んしてもらって食べてるところは甘やかしではあるけれど、
一口一口丁寧に味わって食しているというなら、
それはそれでなかなかにお行儀がいい方でもあり。

 「美味いか?」
 「にゃんっ。」
 「そーか。
  ゾロのハムの炙り方はな、
  表面がカリカリで、なのに中はジューシーで、
  いつも絶品なんだぞ?」
 「みゃあっ♪」

よほどのことお腹が空いていたものか、
肉っ気ものだけじゃなく、
隠し味にエバミルク入りのマヨで和えたという
コクのあるポテトサラダを挟んだ一口サンドイッチも、
ペロリと1個を平らげて。
ハムの脂と塩っ気のついた手や指を、
小さな舌にてペロペロ舐め始めたので、
一応落ち着きましたということか。
自分も大きな口でサンドイッチへぱくつきつつ、
そんな身繕いの様子を“可愛いのなvv”とニコニコしながら見やっておれば、

 「………。」
 「お? 何だなんだ、音なしか、ゾロ。」

キッチンへの刳り貫きになった戸口のところ、
いつの間にか立ってた人影があり。
自宅も同然の家だのに、
ただいまの挨拶もなけりゃあ気配も殺してなんていう、
そりゃあお静かな帰宅を果たしたらしき主夫殿へ、
おおうビックリしたと肩をすぼめつつの反応を見せたルフィだったが、

 「ややこしいのを拾って来やがったな。」
 「スルーかい。」

  いかにもな芝居がかってたからな。
  そうか、じゃあ今度は気ぃつける…じゃあなくってだな。

 「ややこしいのって。やっぱこいつ、物怪なんか?」

色白なお顔に品よく映える、金の髪もふわふかで愛らしく。
とはいえ、主張の強そなバタ臭いお顔じゃあない。
少しほど力みがあって目尻が上がっているものの、
まだまだ幼い真ん丸な双眸は、潤みも強くて稚
(いとけな)い。
緋色の口許は一丁前に輪郭が立っており、
とはいえ、せっかくの甘い印象ごと、
無造作に手の甲で押し潰されているところは、
屈託がなくって無邪気でさえあり。

 「悪さをしそうには見えないけどな。」
 「ああ。害意は持ってない。」

とはいうものの…と、
この自分がついつい気配を消して近づいた何かを、持ってもいるようだと。
そちらさんはすっかりと気に入ってるらしきルフィが、
幼子らしい細い髪を指で梳くよにして撫でてやっているの、
ただただ黙って眺めておれば、

 「〜〜〜〜〜。」
 「お。」

ちろりんと、ガタイのいい新参者の方を見た仔猫さん。
その目許を少々眇めてしまい、
幼い口許きゅうと食いしばるようにして閉じると、
ふううぅぅ…っっとかすかに唸り始めているじゃあありませんか。

 「……ゾロ、何かしたんか?」
 「さてな、大昔に退治したのが転生でもしたか。」

それか、今さっき封滅してきた輩の係累か、と。
いやそこまでリアルな話はさすがに持ち出さなかったが、

  こんなチビさんとの接点があると思うか?
  判んね、物の怪の歳って見かけと関係ねえっていうし…と。

あくまでもぶっきらぼうなままで、
そんな言い方をするゾロへと向けて。
上目使い…というよりも、
(ね)め上げるようになっていた仔猫の坊やの髪を、
横合いから伸ばした手で再びちょいちょいと撫でてやり。

 「…ネコだったから、猫かぶってやんのかな?」
 「??? ルフィ??」

上手に整いましたのにと、微妙に使い方を間違っている言いようを重ね、
にゃは〜っと笑うひまわり坊やには、

 「〜〜〜〜。」

しょっぱそうなお顔こそすれ、
だからどうしたとまでの強腰なツッコミ、
出来ないところが何ともはやな。
天聖界が誇る“最強の鉾”破邪様だったりしたのであった。




BACK/ NEXT


 *あんまり話が進んでませんな。
  それほど ややこしいお客様なんです、すいません。


戻る